「ワニの尾を踏む輩たち」

 いいか、覚えとけ。世の中思いどうりにな
らないなんてことはいくらでもある。
 五月蝿い女の頬、張り倒して背中向けて煙
草吸ってたら、ストンピングの雨を降らされ
たとか、窓ガラスごしにリニアガンで後頭部
をぶち抜いたはずのワニが、件の窓ガラスを
蹴破って元気に飛び出して来た、とかだ。
 「ついでに教えておいてやる。他所じゃど
うかは知らないが、ここら辺でワニ狩りがし
たけりゃ戦車でもレンタルして来な」
 俺の授業がよほど有難かったのか、生徒は
エスケープすることも忘れて、鼻からヒーヒ
ーと妙な音を出しながら小刻みに震えている。
天職なのかもしれないが、残念ながら教師と
ケーキ屋にだけは生涯なるまいと誓っている。
 甘ったるいもんは基本的に嫌いなんだ。
 「B・J! 怪我は」
 あたふたとズーフェイが玄関から飛び出し
てくる。レーテマンには待機を指示したらし
い。奴さんはテーブルの影からこっちを見て
いる。
 「怪我なぁ、いつかはしてみたいと思って
るんだが」
 実際生まれてこの方、怪我らしい怪我はし
たことがない。俺の包み紙は普通のワニ皮よ
り幾分、丈夫にできてるらしい。
 「何だったら、もう一度試してみるかい」
 俺が声をかけると生徒はリニア・ガンを一
度は構え直し、ぶるぶると首を振った。優等
生だな。
 良く見ると、さほど歳をくっていない、生
徒と呼ぶのがマジでぴったりくる雄の人類だ。
 成り立てのストリートチルドレンといった
風体だが、おそらくは見かけどうりの身分だ
ろう。
 「身柄を確保しますか?」
 「そうだな、・・・・・・ガラス屋の支払いもあ
るしな」
 俺は親愛なる生徒に近づき、わたわたと逃
げ出そうとする奴の腰に手を回した。
 「お茶にしよう」
 
         *
 
 四龍の景気もあまり良くはないいんだろう。
楽しいティータイムに、選べる店は先だって
のオープンカフェしかなかった。
 見覚えのあるウェイトレスのねぇちゃんが
しきりにこっちを気にしているが、興味の対
象がすでにワニとか犬ではなくなっているこ
とがはっきり判る。
 「あ、あの・・・」
 生徒が口を開く。
 「何か、聞かないんですか?」
 「あ? 観光かリゾートバイトかは知らね
ぇが、宇宙一の自由と放埓が落っこちてると
か言うコロニーにやってきて、博打だか薬だ
か女だかで身をもち崩して、銭に困ってたと
こを誰ぞにホプシスの家に入りこんでる奴を
殺ってこいとか言われてやってきました、て
ことか?」
 「・・・・・・な、なんで」
 「お前さんのナリを見りゃわかる。それに
ここらで簡単に捕まる犯罪者なんざ、みんな
その口だ」
 「はぁ」
 生徒と、ついでになぜかレーテマンが感心
したような、呆けたような顔で肩を降ろした。
 「あ、あの、でも、ですね。僕に話を持ち
かけた人のこととか・・・」
 「見たこともない奴で、報酬はお前さんの
口座に振りこみ、だろ。そいつもよくある話
だ。心配しなくても、そいつは二度とお前さ
んの前にゃ現れないよ」
 「・・・・・・じゃ、その、ぼくはどうなるんで
す?」
 「とりあえずはここと、ガラス屋の支払い
だな。見ず知らずの誰かがくれた前金がある
だろ。それ置いたら好きなとこいっていいぜ」
 「・・・・・・」
 生徒はややあって後、ポケットから剥き出
しの札を鷲掴みにとりだし、テーブルの上に
投げ出すように置くと一目散に走り出した。
 さらば我が生徒。お前はいい奴だった。二
度と会うこたぁないだろうが。いや、ツェモ
ンかカスティナの店で出会うかもしれないが、
細切れのお前さんを見分ける自信はない。食
っちまったらごめん。
 
 「いいんですか? 逃がしちゃって」
 俺の指示で、コロ・ポリにずいぶんと言葉
足らずの報告を済ませたズーフェイが、口の
周りの生クリームを舐めながら言う。臨時の
見入りがあったんだから、コートの洗濯代く
らいはレーテマンの探偵料をまけてやるべき
だろうか。
 「連れ歩いてどうするってんだ? どうせ
行きずりのバイトにすぎねぇ。根元の手繰り
ようがないようにああいう阿呆が雇われるん
だぞ。財布としてももう役たたずだしな」
 美味くもないだろ。
 「いえ、一応犯罪者で、未成年なんですか
ら、うちの方で保護するべきかなぁと」
 「それで実家の保護者にでも連絡付けられ
た日にゃ、奴さん首をくくるぞ」
 ズーフェイはそれで一応納得したように引
きさがる。まぁ、律儀な阿呆だから建前を通
さずにはいられないだけだ。コロ・ポリがマ
ジにあの手を保護しはじめた日にゃ、ここの
人口の1/5がコロ・ポリのセコい建物に詰ま
って圧死者続出だろう。世のためにはなるだ
ろうがな。
 
 「でも、本当にいいんですか? 普通なら
死んでるとこですよB・J」
 レーテマンが不思議そうに言う。
 「よかぁねぇよ。仕事が面倒くさくなっち
まった。ホプシス邸で捜し物をする奴が、殺
したいほど嫌いって思想の持ち主がいるって
ことだからな」
 「!!」
 ズーフェイとレーテマンの体がピクっと波
打つ。
 ここじゃ、人の命は随分と安い。ワニやら
犬コロなら7掛けで安い。下手な工作するよ
りゃ、さっさと消したほうが手っ取り早くて
後腐れもない。金にならない事件でコロ・ポ
リがまともに動くこともない。
 だが、そんな土地だって、人は実行に移す
ほどの殺意を無意味には持たない。病気持ち
でもない限りはな。
 「さて、その世にもめずらしい思想家が存
在すると判ってなお、ホプシス邸の事件はあ
くまで行きずりの強盗殺人だと主張するもの
はいるかね?」
 挙手をする者はいなかった。結構。
 「やっぱり、なくなった音盤に何か関わり
が?」
 「多分な。一概にゃ言えないが、かなり臭
いことは確かだ」
 俺はホプシス邸事件の詳細を表示している
ズーフェイのファイルをとりあげる。
 「壷だの、パソコンだのはとっくに紛失が
コロ・ポリの調べに上がってる。それだけな
らいまさら誰が調べ直したって、かまやしな
いだろう。思想家にとって問題があるとすり
ゃ、今だ判明していない事実のほうだ」
 俺はファイルの画面を切った。ここに必要
な情報がないことは明白だからだ。
 「俺たちが掘り出した、音盤の紛失って事
実が思想家にとっての問題事項とイコールな
のかはわからねぇが、俺たちにとっちゃ、音
盤の紛失は紛れもなく問題事項だ。お前さん
の{歌}の最有力候補だからな。
 だが事実はどうあれ、消えた音盤を追う限
り、思想家はまた思想の実践をしてくる。次
にリニア・ガンが打ちこまれるのはお前さん
の頭かもしれんが、どうするね?」
 俺の言葉をレーテマンは真っ白な顔で聞い
ていたが、震える唇から押し出されるような
答えが返ってきた。
 「聞こえるんです。今も・・・だから」
 あまり上等とは言えないが、答えとして受
けとっておこう。
 そういうことならいつまでも陰気なお茶会
をやっている手はない。思想家が次の手を打
って来る前に調べることは山ほどあるのだ。
 俺は生徒からの授業料を掴むと席を立った。
 
         *
 
 「とりあえずの手がかりはな、犯人がなぜ、
大量の音盤の中からそれ、あるいはそれを含
む何枚かだけを持ち出したのか。消えた音盤
と残った音盤を分けたものはなんだ? って
ことなんだ」 
 俺たちは四龍街から無人タクシーを拾い、
ショッピング・モールのある三龍街へと向か
っていた。
 「さっぱり判りませんねぇ」
 ズーフェイがあっさり言う。
 「だろうな。俺も判らん。だが、犯人は判
ってる」
 「・・・・・・あの、B・J。あなたの、その持
ってまわった言い方は私の理解力ではつらい
ところが」
 レーテマンがやんわりした口調でイヤな抗
議をする。安心しろ。そいつはお前さんだけ
の病気じゃない。大抵の知的生命体は俺に対
してその症状を訴える。
 「ホプシス邸にあった大量の音盤な、お前
さんたちアレの中から指定の一枚を捜せと言
われたらどうする?」
 「・・・・・・えーと、表示なんかありませんで
したからね。そりゃ、機械にかけるしか」
 「強盗に入った先でオルゴールを鳴らすの
か?いい趣味だな」
 「あ、そうか。犯人には音盤を機械にかけ
ずに見分ける知識があったはずなんだ!」
 レーテマンが答える。
 「犯人が当てずっぽうで音盤を持ち出した
んじゃなきゃな。だが、アレを当てずっぽう
で持ち出す理由なんてのはそれこそ判らん」
 換金しやすい物とはとても思えない上、そ
の趣味のない者にゃ使いにくい卸金にすぎな
い。この線は外しておいていいだろう。
 まぁ、何事にも変態はいるもので、使いに
くい卸金コレクターなんてものはこの世にゃ
いないてのも言い切れたことじゃないんだが
 そんなもんの想定まではやってられない。
 万が一、この事件の犯人がその類の奴だっ
たとしたら、事が判明したあと、こう言やぁ
いい。多分、そんなことだと思っていた、だ。
 そんなヨタ話よりも、確実に想定しておか
ねばならない事象は他にある。 
 「犯人が最初から{鳴らずの鐘・歌わずの
鳥}の中にあっただろう音盤のみを狙ってた
とすればまた話も変わってくるんだが」
 「そうですね。箱にプレートがありました
から。アレを持って来いと言われたら僕でも
なんとかなります」
 ズーフェイがうんうんとうなづく。だとし
ても俺ならお前さんにゃ頼まねぇがな。
 「まぁ、どっちにせよ、オルゴールに詳し
い奴に当たってみるしかねぇよ。おい、オル
ゴールの組み立てキットなんて物を扱ってる
店はあるかい」
 俺があさっての方向に向かって尋ねると、
有人車なら運転席があるべき部分のスクリー
ンにいくつかのマークが点る。
 「一番近いとこに付けてくれ・・・・・・いや、
ニ番目だ」
 「一番はなんで駄目なんです?」
 口に出して聞いたのはズーフェイだが、レ
ーテマンもそれについちゃ同意見らしい。
 俺が指差すスクリーンを見て、ズーフェイ
は納得して質問を引っ込めてくれたが、レー
テマンは同じことに気づきながらもわざわざ
口に出して言ってくれた。
 「ああ、ここ、私が最初にB・Jを紹介し
てもらったぬいぐるみ屋の隣じゃないですか」
 「俺の前でぬいぐるみとかクマとか言うの
はやめてくれ。蕁麻疹が出るんだ」
 「はぁ、ウロコに?」
 「脳みそのシワの中だよ! いいから二番
目に近い店だ。急げよ」
 俺はビキビキと痒さを増す頭を抱えながら
あさっての方向を怒鳴りつけた。
 
          *
 
 知性なんてのは孔雀の羽根みたいなもんだ。
ビラビラと無駄なものをくっつけとくほど、
高級に見えるてぇ仕組みになっている。
 ホビーショップのハンドメイドオルゴール
のパーツ売り場なんて場所につっ立ってると、
イヤでもそいつを痛感させられる。
 「えーっと、四龍の、カンマハド・ホプシ
スさんでしたね、クレジットカードによるお
取引記録が残っておりますが、こちらをお見
せすることは店の信用上、お断りさせていた
だきますが」
 雇われ店主らしいメガネのねぇちゃんが
こちらの提示したホプシス氏の映像を指差す。
 「私自身、よくお見かけする方でした。か
なりの上級者でなければ購入されない商品で
もお買い上げなされていましたね。・・・・・・お
亡くなりになってらっしゃったとは残念です」
 「上客だったって意味かい?」
 「人として、と思っていただきたいですね」
 「じゃ、大してかわらねぇな」
 「そうですね」
 ねぇちゃんが微笑む。メガネてのは使用者
を二割増し知的に見せる視覚効果を持つそう
だ。ホントのところどうだかわからないが、
多くの知的生命体が未だにこの奇妙な目カバ
ーを愛用しているところを見ると、効果はあ
るとみていいのだろう。孔雀の羽根にゃちが
いないと思うのだが。
 「でな、お嬢さん。ホプシス氏が何を買っ
て行ったかなんだが、覚えてるかい」
 「覚えていますよ。ただ、それをそちら様
にお教えしなければならない根拠については
覚えがございませんが」
 「だろうな。・・・話は変わるが、程度のいい
根拠を置いてないか? 予算と合えば手に入
れたいんだが」
 ねぇちゃんはスッと席を外すと、勿体つけ
た小箱を持って戻ってくる。
 「ジッポーのオイルライター・・・・・・高い根
拠だな」
 ご丁寧にワニ皮のパターンがモールドされ
ている。まぁ、根拠扱いでもなきゃ売れるも
んじゃないだろう。
 俺は手渡された値札をレーテマンに渡した。
 レーテマンは、どこが痒いのやら、顔を奇
妙にゆがめ、ややあって口を開く。
 「・・・・・・ミスターB・Jへのプレゼントに
してください。」
 「ネームの彫金は別料金となりますが?」
 「よろこんで」
 ありがたいね。あんたを荼毘に付すときに
使わせてもらうよ。
 「では」
 レジのリーダーに掛けたカードをレーテマ
ンに返すと、ねぇちゃんはカウンターテーブ
ルの上に一見しただけじゃ何だかわからない
物を並べる。
 「カンマハド・ホプシス氏に私自身が販売
した品と同じものです」
 メガネの効用についてのコメントは避ける
が、このねぇちゃんに限って言えば、非常に
知的だ。やることに無駄がない。
 「こいつは」
 俺は広げられた品々の中にあった30cmほ
どの直径の金属板を指差す。
 「音盤のパーツかい?」
 「はい」
 「音盤なんてものまで素人に作れるのか?」
 「可能な方もいらっしゃいます」
 ねぇちゃんはステープラの親玉みたいな機
械と、細かい鋲のつまったケース、それに1
冊のでかいブックレットを示して見せる。
 「こちらのブックレットに曲ごとの図面が
載っていますので、指示どうりに鋲を打てば、
とりあえず既成曲の音盤として機能するもの
が出来ます。ただ、完成度の高いものを作る
には、かなりの修練が必要ですが」
 俺はブックレットを手に取り、パラパラと
めくる。
 「{鳴らずの鐘・歌わずの鳥}て曲の音盤
はあるかね? 図面だけでもいいんだが」
 レーテマンとズーフェイがこちらを向く。
 ねぇちゃんは手元のパソコンをトトンと叩
き、画面をながめていたが、かるく首をかし
げる。
 「当店を含むオルゴール関連の情報サイト
にその曲名はありませんね。オリジナル曲か、
あるいは限定された一部で使われている、何
らかの曲の別称と思われます」
 「オリジナル曲の音盤てのは素人の手に負
えるもんかね?」
 「その内容にもよりますが、基本的には、
かなりの上級者でないと不可能ですね」
 「ホプシス氏はどうだろうな」
 「・・・・・・購入なされたパーツ類からの推測
にすぎませんが、かなりの上級者と思われま
す」
 なるほど。レーテマンも調べるだけは調べ
たと言ってた。{鳴らずの鐘・歌わずの鳥}
がホプシスのオリジナルだとすれば合点が行
く。だがそうだとするとこの仕事、消えた音
盤を見つけない限りは終わらないことになる。
難儀なこった。
 「さて、最後にひとつ。ホプシス氏以外に
その上級者用品を買ってく客はいるかい?」
 ねぇちゃんはにっこり笑って、ワニ皮がモ
ールドされたシガーケースを出した。根拠が
期限切れを起こしたらしい。
 レーテマンが無表情にクレジット・カード
を取り出した。俺の葬式の香典がわりにでも
しておいてくれ。
 
         *
 
 コロニーの主要光源が絞られ、街がこのコ
ロニーの着馴れた衣装を纏いはじめる。時代
錯誤なネオン管を模したイルミネーション、
生き物のごとく宙を飛び交う光りのメッセー
ジ、思いやり溢れる夜の闇が隠してくれるこ
の街の汚物を、奴等は容赦もなく照らし出す。
享楽の街は汚物が汚物として恥らうことを許
してはくれない。人々は汚物にひたりに、こ
こを訪れるのだから。
 
 メガネのねぇちゃんの店を出たあと、同様
の商品を扱う店を、一件をのぞいて一通りま
わってみたが、聞けた話も、購入した根拠も
似たようなものだった。
 俺に香典と出産祝いと4回分の誕生日プレ
ゼントを贈ってくれた男は、三つめのシガー
ケースから取り出したゴロワ−ズにニつめの
ライターで火をつける俺に落胆とも抗議とも
とれる視線を贈る。もうプレゼントはたくさ
んなんだがな。
 「ミスターB・J、結局ホプシス氏の音盤
はどうなるんです? 今の聞きこみで何か判
ったんですか?」
 メッセージカードは斯様に極めて平凡なも
のだった。
 「お前さんは、あれだけの情報を聞いて何
も判らなかったってのかい」
 「・・・いえ。でも、そうおっしゃるってこと
は何か判ったんですね?」
 「ああ、メガネかけた奴はやっぱ賢い」
 「・・・・・・」
 レーテマンから再びプレゼントが贈られて
来る。メッセージカードはない。
 「プレゼントの礼状がわりなんだが、まぁ
聞いてくれ。
 {鳴らずの鐘・歌わずの鳥}がお前さんの
{歌}かどうかってことは保留としよう。音
盤が手に入らないかぎり、確認のしようがな
いからな。ただ、今んとこ、こいつをクロと
して追って行くしかない。だとすれば、手が
かりは何にせよ、オルゴールだ。
 手に入れたオルゴール愛好家のアドレスの
中にホプシスの知り合い、もっと欲張るなら
{鳴らずの鐘・・・}を知っている奴がいればい
いんだが」
 「あ、そうか。同好の友人がいたかもしれ
ませんね」
 「さぁな。期待は薄いと思うんだが」
 俺は屋台の回転焼きをパクつくのに夢中に
なっているズーフェイの尻を蹴る。
 「はい? なんです?」
 「ホプシスの交友関係」
 「さぁ? ファイルにはありませんでした。
血縁者はいなかったようですね。事件につい
て証言があったのは、かつての勤務先から例
の壷の件についてだけですし、近所づきあい
もさほど無かったようです」
 「仏さんは?」
 「うちが引き取りましたが、関係者からの
連絡が三ヶ月ない場合、処分されますから、
もう・・・」
 「だ、そうだ。親しいってほどの人間関係
はなかったらしい」
 俺の結論にレーテマンは困惑の表情を浮か
べる。貰えるべきアメ玉がいつになっても貰
えないガキみたいな顔だ。しかたがない。忙
しくなる前にアメだけはしゃぶらせておくか。
 「ただ、な。世の中にゃ、親しかった友人
が、とある事件をきっかけに急に疎遠になる
なんてことはままある。てめぇがその事件の
一方の当事者だってんなら、なおのことな」
 「・・・その人が犯人だってことですか!?」
 「いきなりそこまで行ければ苦労はねぇよ。
だが、考えてみな。ホプシスを殺した奴は誰
も知らない曲のオルゴール音盤なんてものを
現場から持ち出したんだ。ホプシスとオルゴ
ールに繋がる誰かが絡んでいる可能性は高い」
 「なるほど」
 「さすがB・J! それじゃ、これからそ
の友人さんを捜しにいくんですね? いやー
なんか、意味もなく、なんでこんな物騒な方
へ歩いてくのかって不安になってたんですよ」
 ズーフェイがひゃひゃひゃと笑う。俺たち
が今歩いているのは五龍街の外れ。モグリの
商売人がひしめき合い、買えないものはない
と言われている街だ。人も、人の心もここで
は売り物にすぎない。アイヤー・オブ・ザ・
ドラゴンが最もアイヤー・オブ・ザ・ドラゴ
ンらしい場所である。
 「ああ、このあたりじゃないとな、友人も
出辛いんじゃないかと思ってな」
 俺はあたりの闇を一瞥する。
 「え?」
 ズーフェイとレーテマンが脚を止める。客
はそこまで来ている。・・・・・・俺はあたりの闇
に意識を凝らし、そして聞いた。大して長く
もない生涯で何度もつきあったことがある金
属音。ハンドガンの安全装置が外れる音。
 ちっ。しくじった! ここまでの上客が来
るとは、鈍い素人と臆病な犬コロを抱えて遊
べる相手じゃない。
 俺がとある覚悟を決めたその瞬間、銃声は
闇を貫いた。