生いたち

 父は南海の竜と呼ばれた紀州大納言ミツサダ。母は市井の農民の娘おキヨ。誕まれてすぐ母から引き離され、越前鯖江にあずけられます。

 血筋の半分が農民ということで鯖江の家臣からもさげすみの目を向けられる毎日でしたが、物心つくやいなや、その風潮はなくなります。ヨシムネに一にらみされて、そんな不遜な態度を続けられる者は誰もいなかったのです。

 鯖江の重臣オオオカはそんなヨシムネに王者の片鱗を見い出し、ヨシムネより四歳年上の娘、タダスケ(本名不明。歴史に出てくる場合はタダスケかエチゼンです)を学友としてヨシムネに出仕させます。

 その他にも農学者の娘おコンを家臣に加え、ヨシムネの豪快な幽閉生活は五歳まで続きました。(もちろん最大の犠牲者はタダスケです。鯖江の藩主も生きた心地がしなかったそーで)

 ヨシムネ五歳の秋、紀州家からヨシムネに帰国の命が下されます。それも男子として。

 そのころ紀州家では二人いた男子が次々と病死し、(実は駿河大納言による暗殺でしたが)跡継ぎがいなくなっていたのです。

 なしくずしに紀州家の跡取りとなったヨシムネですが、まっ先に行ったことはというと……脱走でした。城を抜け出して母のおキヨに会いに行ったのです。

 ヨシムネにとっては紀州家も父ミツサダも手前勝手な虫のすかない連中に過ぎず、特に時おり紀州家をおとずれる、ただならぬ威圧感を持つ若い侍と、それと密会をする父には例えようもないキナくささを感じていました。


紀州家に出入りするショウセツ。南海の竜もさほど幕府に忠実ではなかったらしい。後にヨシムネの教育係としてカスガが送り込まれてくるのも、ショウセツを良く知る密偵という意味合いからである。もっとも本人はンなこと知ったことじゃなく、後の幕府の柱石をきたえまくるわけだが。

 ヨシムネにとって紀州で唯一安らげる場所は母の住む熊野権現の庵だけだったのです。


母キヨの前でくつろぐヨシムネ。あんましくつろいでるようには見えないけど、当人は目一杯くつろいでるつもりらしい。

 そしてさらにヨシムネにとっての恐怖の使者が紀州にやってきました。アルバイトの教育係、おフクことカスガです。後にヨシムネ幕僚の要となるカスガも、この時点では隙のない手強い監視役でしかありませんでした。

ヨシムネVSカスガ


本編をお読みの方はご存知でしょうが、カスガがヨシムネに勝てたのはこのころまでです。

 カスガの教えていたことは、政治、経済、歴史、軍学の他、長刀術、弓術に馬術もありました。その馬術の訓練で遠乗りに出かけたとき、ヨシムネは気づきます。行き先が熊野権現であることを。


おフクと呼ばれていたころのカスガとヨシムネ。
ちなみにヨシムネ騎乗の変な生き物は名馬「赤豚(せきとん)」。
将軍になっても以後も乗り続けるヨシムネの愛馬である。

 以後、主従の遠乗りは三日とあけずに行われましたが、ヨシムネはカスガには一言の礼も言っていません。かわりにカスガに与えられたのは絶対の信頼でした。

 そしてヨシムネ七歳の春、遂に運命の日が訪れます。
 現将軍ツナヨシが急病で亡くなったのです。(言うまでもありませんが駿河大納言による毒殺です)
 遺言に示された次期将軍は紀州家の跡取り、ヨシムネでした。

 江戸に行けば二度と母に会えなくなる。ヨシムネは熊野権現の納戸に隠れ、ムダな抵抗をしますが、そこに出てきたのが−−ネズミでした。

 耐えきれなくて納戸を飛び出したヨシムネにカスガは言います。


この時以来、ヨシムネのネズミ嫌いは生涯続くことになります。
メリケン国のペリー提督が歓迎のレセプションで連れて来た
富士額の黒ネズミの着ぐるみをいきなり海に蹴り落とした事件は
「黒鼠来航」事件として有名です。
 

 ヨシムネは結局、カスガとともに江戸をめざすことになりますが、それにはもう一人、護衛役の若い侍が付き従っていました。公儀隠密ジュウベイです。

 自分の言葉にへつらうわけでもなく、馬鹿にするでもなく、真面目に取り合うジュウベイは、ヨシムネにとって大切な戦友となりました。現に紀州から江戸に至る道程で襲い来る謎の刺客を退けたのはジュウベイでした。それでも、大納言の腹心、影大将(つまりスルガ大納言)配下の忍者たちにはジュウベイですら何度も危機に陥りましたが。(対忍者戦に問題があることはこの時点からヨシムネの悩みだったようです)

 そして江戸。諸大名居並ぶ中で対島原の軍議が進む中、ヨシムネがはじめて将軍として緒将の前に現れます。

 軍備を増強して一気に島原を叩くべし、と主張する駿河大納言に対してヨシムネは一言、言い切ります。


最近ではめったに見られない「半眼のヨシムネ」
これに見据えられ、背筋が冷たくならない大名はいないと言われています。

 島原の戦は膠着が続き(敵将アマクサはこの時点ではメイクアップ・アマクサじゃなかったもので。もしそのモードだったら幕府に勝ち目はありませんでした)、兵を供出する大名たちも疲弊していたのですが、絶大な力を持つ駿河大納言怖さに、面と向かって反対できる者など、誰もいなかったのです。

 ヨシムネを子供だ腰抜けだと(女子だとは知りません)ののしった後、駿河大納言は席を立ち、声を荒げて言い放ちます。

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