ゲンパクと名乗ったその学者は{ホウライ}について記された幕府の封解状を探していると言うことでしたが、表に出せない幕府の封印物件を守護するカクネンとしては、そうですかと渡すわけにもいきません。
ほうほうの態で寺を追い出されたゲンパクは、カクネンや宿場の者とはあきらかにちがう新しい人種を興味深げに見ていたミンブに目をつけました。ミンブを言いくるめて封解状を手に入れようとしたのです。
「真実に勝るものはない。だからそれを手に入れるのは生半なことではないのじゃ。真実に迫るものにこそ道を得る資格がある。お前たち凡俗には道を譲る義務があるのじゃ。わかったらこれこれの封解状をもってこい」
「・・・・・・その封解状とやらに真実とかいうものが書いてあるのか?」
「書いてあるわきゃなかろう! そんなものは真実を紡ぐ糸の一本にすぎんわい。じゃが、糸無くして布は出来ん。科学とはな、世界に散らばる糸を集めて真実という布に織り上げる仕事なのじゃ。正しき糸を正しく織り上げる力を持ったものだけが真実の姿を見ることができる」
「・・・・・・お前がそうなのか?」
「そうじゃ。だから持って来い」
「・・・・・・俺もそうなのか?」
「な、わきゃないじゃろ!! 無知蒙昧なガキの分際で何を言い出す」
「では、無理だな。俺にはどれが正しい糸やらわからん」
「む・・・」
「そして、そんなこともわからんお前に正しい糸がわかるのかも疑問だ」
「む、むむむむむむ」
ゲンパクは真っ赤な顔で息を呑んだ後、スクっとたちあがり、ミンブに声をかけた後、由比の宿から姿を消しました。
「ガキよ。お前の言う通りやもしれん。頭を冷やして出直すこととしよう。・・・・・・・・もし、お前が真実を求めるなら江戸の昌平校へ来るがいい。お前には資格がある」
当時、ゲンナイと並ぶ科学者であったゲンパクは昌平校の教員を務めていたのです。もちろん、自分の研究が忙しくて授業なんぞやったためしはありませんが。
ゲンパクの去った後、ミンブは一瞬のためらいも無く寺の封印蔵に向かい、当たり前のようにそこに入りこみました。とりたてて鍵などもかかっていなかったのです。カクネンはこの幕府の醜聞の墓場を守ることにさほどの情熱をもってはいない、いや、破られるものなら破られるがよかろうとでも思っていたようです。−−なんとなればーー
地下に通じるいくつかの扉をくぐったミンブは強烈な臭気に顔をしかめました。耳をすませば獣の息遣いのようなものが聞こえます。暗闇の中になにかがいる。ミンブは闇に向かって叫びました。
「そこにいるのは人か、獣か!!」
闇は含み笑いののち答えました。
「・・・鬼よ」
ミンブは暫く考えたのち、地下にはいる前に手にいれておいた火口箱に火をつけ、壁に残っていた松明を灯しました。
「まぶしいじゃないか」
「鬼というものは見たことが無い。見たいと思った」
「そうかよ。それじゃしかたないなぁ」
薄暗い光に中に浮かんだのは鉄の格子とその中で無数の鎖に繋がれている若い男の姿でした。
「人とかわらぬな」
「人が極まれば鬼となる。もっと聞きたいことがあるか」
「何を聞きたいのかもわからん。好きなことを好きなだけ話せ」
鬼は笑って、それならば酒をもってこいと言うので、ミンブは庫裏にゆき、持てるだけの酒瓶をもって封印蔵にもどりました。もちろんそれに気づかぬカクネンではありませんでしたが、とがめるようなこともしません。
ミンブも全然コソコソしてません。
カクネンのかなりの使い手でしたが、オニマルはムサシとか
隠鬼落斎ともタメはれる人なんで・・・