ムサシの行動というのはあとにも先にも一つだけ。良く切れる鉄のかたまりをホモ・サピエンスの上に落っことすだけです。それを四十と八回も繰り返すと、あたりはとても静かになりました。山賊にしちゃ人相のいいのが何人かまじってました。村人かもしれませんがまぁ、いいでしょう。いずれ死んじゃう生き物にゃ違いありませんから。


もし、ここでムサシが彼を連れていかなかったら、彼は壊れるしかなかったかもしれません。
人殺しをもっとも良く知る男なりの救済だったのでしょう。

 ムサシに声をかけられた幼児は返答の代わりに短刀をかまえ、突きかかってきました。

ごーかーく(はぁと)

 ムサシはスキップを踊り、そのステップの途中で、カカトを幼児の頭に落としたりもしました。すごくうれしかったんですね。幼い日にひと月ほどかけて破夢太郎と名づけたペットをいびり殺した楽しい日々が頭に浮かびます。またあんな夢のような日々が始まるんです。ムサシは縄でしばった幼児を引きずりながら山をおりるまでスキップを続けていました。(くどいようですが五輪ちゃんを元に話しています。やっぱ変です。このオッサン)

 ムサシはとある山の奥にある霊厳洞と呼ばれる洞窟を」修行場と定め、その幼児の修行をはじめます。

 修行の内容は簡単でした。ムサシが彼を半殺しにする。

 それが嫌なら嫌なりに彼の方でなんとかする。傷が回復すればそれを繰り返す。……それだけです。

 ムサシは人を殺さぬ技にも長けていました。人殺しなんて子供でも出来る。どの程度殺すかを自由に決められてこその超剣豪なのです。今、自分がいたぶっている相手が、どのくらいで回復するのか、そのためにどんな薬をどう処方すれば良いかなど、ムサシには手に取るようにわかるのでした。

 では、傷の回復を待っている間、ムサシと幼児が(男の子でしたが、ムサシはただガキとしか呼んでいません)何をしていたかというと、読み書き算盤に論語などの教授をしていました。少年が五歳を超えるころには薬学なども教科に加わりました。

ムサシの教育原理は、恥をかけ! 怒れ! 泣け! それがイヤなら自分で何とかしろ! です。
おかげで少年は五歳にして論語、六歳にして孫子、老子をそらんじることが出来るようになりました。
……ただし意味は覚えたって害になるだけだっつーんで教えられてませんが。
(ちなみに気の利いた武家の子ならこれくらい出来る子もザラにいるので特技というほどではありません)

 教養を教えるムサシは少年にとっては不思議な存在でした。彼にとっては月に何度か鬼となって自分を襲ってくるムサシこそが本当のムサシだったのです。

 ただ一度、少年がムサシによってではなく、少年自身のミスで崖から転落し、瀕死の重傷を負ったときにも、その不思議なムサシが朦朧とする視界にいつも見えていた記憶があり、あまりの居心地の悪さに少年は完治を待たずに床をはい出していました。

 ある時期から少年は長い刀を背負うようになりました。ムサシが少年の体に少々のことではほどけないよう、括りつけたのです。蝙王ムラマサ。後の少年の相棒でした。

ムサシの愛刀は十二神刀の牛神マサムネと馬王ムラマサ。
番外の蝙王ムラマサはこいつらを含めたムサシを嫌ってましたので
(ムサシにはつまらねぇオモチャ呼ばわりされてました)
いきおい彼に思い入れしてくれたようです。

 そして少年の背が伸び、ムラマサを引きずらなくなり、その妖刀を抜き放てるようになったころ、少年は襲ってくるムサシと三合ほどを打ち合えるようになっていました。超剣豪ムサシと三合を打ち合わせて生き残っている者などほとんど存在しません。隠鬼楽斎と影大将、それに知り合いの怪僧タクアンに手を貸したとき、手合わせをした神陰流の若い侍くらいのものです。ムサシはとある決心をしました。

 ムサシの攻撃が真の殺気をはらむようになり、少年に出来るのは逃げることだけになってしまいました。

 自然の要害に囲まれ、並の人間では入ることも出ることもできない修行場から脱出した少年は、夜露をしのごうとした地蔵堂で一本の巻物を見つけます。それには


これ以上は自分の元で育ててものびる見込みなしと見たムサシは、彼を外へ出すことにしたのです。
実際、ムサシの技のほとんどを彼は見取っていましたので、これ以上、教えることもなかったのですが。

 少年は自らつけた自分の名を巻物に書き加えました。「ジャキマル」と。

 邪真流の殺し屋ジャキマルの名が裏の世界に広まるのにさほどの時は必要としませんでした。


 さて、ジャキマルにとって異常に嫌いなものが二つあります。女性と、人を殺さぬ者です。その両者との出会いはジャキマルが霊厳洞を離れ、一年ほどたったころにおとずれました。

珍豪ゴンノスケ。かわすという技にかけては天下一、
殺さぬ武芸殺されぬ武芸を極めようとして旅を続けている。
ジャキマルでも当てることは出来ないほどの達人。

 その奇妙な武士、ゴンノスケにジャキマルは敗北感を感じました。どうシミュレーションしても彼を斬ることが出来ないのです。気になって後をつけるジャキマルはなしくずしにゴンノスケと旅をすることになってしまいました。

 二人がとある山村に立ち寄ったとき、ジャキマルは強烈な不快感に襲われます。そう、その山村こそ、ジャキマルが誕まれ、彼以外の全てが滅びた、あの村、巳化津鬼村だったのです。

 そして因果がめぐるように村は山賊に狙われていました。

 いきがかり上、山賊と戦うジャキマルは、調子の乱れから山賊の頭目、妖剣使いのガイキによって深手を負います。ゴンノスケによって山賊が追い返されたあと、ジャキマルはおツウという女の介抱を受け、当然のことながら混乱します。

新内流しのおツウとジャキマル。一から十までわけわかんないクセに自分に親切。
おまけに匂いとか肌触りとか胸ンとこが変にクソ苦しくなってくる。
ゆえにジャキマルくんは女が嫌い。おまけにおツウさんのせいでトラウマまでできて。

 山賊の再度の襲撃により、ジャキマルをかばったおツウが斬られます。おツウもかつて滅びた村の出身で、自らが生き残るために自分の子供を殺めた過去のある女でした。その告白と、今度は子供を守れた安堵の声を残し、おツウは息を引き取ります。混乱と怒りでムラマサの力を解放したジャキマルは山賊のほとんどを潰滅させ、ガイキに挑みますが、ガイキの妖術のため、ゴンノスケの姿をガイキと見間違ってしまいます。ジャキマルと戦ううち、それに気づいたゴンノスケは自らガイキの前に立ち、ジャキマルの刀でガイキともども貫かれます。


ゴンノスケの遺言。いまだに意味がわからないジャキマル。
そのくせいつも胸のどこかにひっかかってムカつく言葉でもあるようです。

 ジャキマルはこの時以来、無性に女が苦手になり、殺さない奴にムカつくようになりました。

 ジャキマルがスルガ大納言からハンゾーとジュウベイ殺害を依頼される、ほんの三ヶ月ほど前の出来事でした。




未来

 ムサシの武芸書の終わりにこういう一文があります。

 あとはジャキマルに聞いてくれ。奴がいなければその後の奴に聞いてくれ。と。

 ムサシは何を思いジャキマルを育てたのでしょうか。

 そしてそれはジャキマルに伝わったのでしょうか。

 そして二人は……。いつか描けるといいんですが……。


明朗晴天なれど波高し!

ちなみにジャキマルくん、鞘は捨てませんでした。

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