生いたち


人界見聞録。タイトルの主旨に反して人語で書かれているため、人にアマクサの伝説を伝えるため書かれたものと考えられている。
アマクサはツナヨシの十三年、島原の地に魔界の者たちの救世主として降臨し、以後、歴史にその名を刻み続けます。が、ここは亀島に残る、魔王「鳩盤陀(クバンダ)」の著とされる「人界見聞録」にある、アマクサに関する記述を正史として紹介してゆきましょう。

 アマクサは夢瀬家の二代目、ヤスナリの家臣である、マスダ家の長男シロウとして誕まれます。誕生の日には中天に凶星があらわれ、生母は出産のショックで命を失い、シロウ自身も非常に病弱という、あまりめでたい誕まれではありませんでした。

 三年後、後妻との間に誕生した弟ゴロウ(のち、トキサダを名乗る)が家督を継ぐことが決まり、一年の大半を病床にすごしていたシロウには別の生き方が与えられます。マスダ家に伝わる雅楽師としての道でした。

 シロウは根が真面目で、根性のある性格でしたので祖父から伝えられる笙の腕前は日に日に上達し、五歳にして城主ヤスナリの御前での演奏を許されるほどになりました。

 やがてシロウの笙の音は人だけではなく、夢瀬の地に住まう魔界の者たちをも惹きつけ、彼らの長である流浪の魔王クバンダの心すらとらえたのです。


笙の吹き方については我流に近いよーで。(やー資料ないし)
魔者の中にはそもそも音を聴けない者もいるようです。


 当時のシロウが持つ魔力は文字通り人並みで、その場に集うどの魔者(まもの)よりも弱かったのですが、それに気づいたのはクバンダ一人だけでした。

 魔界には生まれ持った魔力の強弱による絶対のヒエラルキーがあり、自分より魔力の弱い者に心服するなど、あり得ない話のはずでした。

 また、魔者の感性は人とは違う上、聴覚は魔者それぞれに異なっていましたから、単に笙の音に惹かれたわけでもありません。

 そんなある夜のこと、シロウの笙に集う魔者たちに襲いかかる者がありました。かつてクバンダを敗北させた魔王幣流(ベイル)の腹心、馬蝗陀(バコウダ)でした。バコウダはベイルの命を受け、クバンダの持つ全知の水晶を奪いに来たのです。

 魔王としての力の大半を失っていたクバンダに勝ち目はありませんでした。その他の魔者たちにはなおさらでした。死を覚悟したクバンダでしたが、その時、気がつきました。

 笙の音がやんでいないこと、そしてバコウダがそれに気を取られ、動きを止めていたことに。


バコウダとシロウ。
バコウダさん、帰るべき地に帰ればバズズと呼ばれる立派な魔王なんですが、
日本じゃも一つ調子出ないみたいで。


 魔者たちも騒ぎをやめ、いつも通りにシロウの周囲に集いはじめます。クバンダは感じていました。自分の精神が自分の中から引き出され、シロウの中に入ってゆくのを。

 そこは魔力も音も心さえもが存在しない世界でした。ただ無の広がりの中に、自分と、そしてシロウがいました。


魔者にとってなによりの負傷とは敗北感そのもので、クバンダが体の大半を失ったのも原因はそれでした。
今では全身そろえるくらい簡単なんですが、なんかこのスタイルが気に入ったらしくて。


 無の座においては人も魔もなし。

 全ての者はそこに在るだけのものとして在る。シロウの笙はこの世界へのいざないだったのです。

 そしてクバンダは悟ります。無はすなわち無限。この地は全ての始まり。この地より歩み出すならば己が道は無限、その手に握るも無限。魔力が生まれつきの定められた力であることなど幻に過ぎない。いや、魔力如き、この無限を前になにほどの意味があるのか。

 魔王クバンダは失っていた力を取り戻しました。が、バコウダと戦う必要はもうありませんでした。バコウダはシロウの前にひざまづいていたのです。

 シロウ八歳の秋のことでした。

 シロウに心酔したクバンダは魔界への帰還もベイルへの復讐も忘れ、日々シロウに魔界や魔法のこと事について語ってくれました。

 シロウが魔者たちと接触しているという噂は夢瀬城主ヤスナリの耳にも入り、魔界とともに生きる夢瀬の者として頼もしい、今後も力を貸して欲しいとの沙汰を賜りました。が、このことが後のマスダ家の悲劇の始まりとなったのです。

 城主のお気に入りとなったシロウは十歳になると同時にマスダ家の跡取りに戻されました。マスダ家としては出世を約束されたシロウの方がまだ海のものとも山のものともつかないゴロウよりは将来に期待が持てたのでしょう。

 この時を境に実の母よりもシロウに優しかった継母の態度が豹変しました。シロウに露骨な憎悪を向けるようになったのです。継母を愛していたシロウはとまどい、良き息子であるよう、より一層、継母に孝行をつくしますが、継母にはそれすらうとましく思えたようで、ある日ついにシロウの食事に毒が盛られるという事件がおこります。


毒はその都度、魔界の者、毒喰らいが吸い出していたようです。
ちなみに彼の姿は普通の人間には見えません。


 魔者たちの助力により、事なきを得たシロウですが、継母がそう望むなら応えてみせるのが孝行とばかり自害をくわだてますが、それも魔者たちによってはばまれます。


どうにもこの人には生と死の境があいまいなようで、
本来なら十歳の年になるまで生きられないだろうと言われていましたし。
現在でも毎日ジュリアンの入れる薬湯をかかしたことはありません。

 
 愛憎と使命感の間に立って悩むシロウでしたが、十二歳の春、うすうす事に気づいていた父によって、ゴロウと継母が江戸の夢瀬藩邸へ送られ、一応の事なきを得、さらにその夏には夢瀬の嫡男、マサナリの教育係に抜擢されます。マサナリは当時六歳でしたが、思慮深く、視野の広い少年で、人魔敵味方を問わず、心の有り様を広く愛するシロウの数少ない理解者となってくれました。


知力のない魔獣はよく魔力をわずかに持つ人間にたかります。
姿の見えない分、安全に吸えるからだそうで、ちなみにこの二人にはしっかり見えています。


 二年後、夢瀬ヤスナリは五十四の生涯を終え、八歳のマサナリが家督を継ぎますが、当時の夢瀬には城主の若年を補ってあまりある食客たちがひかえていました。

 夢瀬の忍者集団、夢瀬鬼忍をひきいる、忍者隠鬼楽斎。その友人らしき忍者影大将。そしてすでに超剣豪の名をほしいままにしていた野武士ムサシ。いずれも一騎十万に等すと言われる怪物たちでした。

 シロウも彼らと語り、学ぶことは多かったのですが、夢瀬に忠実に務めてくれる隠鬼楽斎と天衣無縫のムサシはともかく、影大将にはなにやら不気味なものを感じていたようです。


影大将とシロウ。
のちのち補獣の交換などを行う友人関係になるとはこの時誰が想像し得たでしょう。


 そして二年後、シロウ十六歳の春、全ての運命が動きだす日がやってきました。ゴロウが名をトキサダと変え、幕府の使者として夢瀬に戻ってきたのです。『魔者討つべし』の上意をたずさえて。

 当時の幕府は駿河大納言タダナガによって牛耳られ、駿河大納言は大きな戦乱を起こし、それを鎮めてみせることで手柄をあげ、一気に次の将軍の座を狙おうとしていたのです。そしてその贄に選ばれたのが魔者たちでした。

 かつてはノブナガによって大量に召喚された魔者たちも、今では夢瀬や九州のあちこちに細々と生きるだけの無害な存在です。ただ、その姿の異様さや持てる超常の力などから人々には忌み嫌われていましたので、駿河大納言にとっては少ない手間で武威を誇れる、またとない獲物だったのです。

 夢瀬は藩の体裁は取っているものの、実際には幕府の直轄地でしたので上意に逆らうことはできません。結局、マサナリはシロウに魔者たちを託し、密かに夢瀬から脱出させる手を取りました。そして、シロウとクバンダに率いられた魔者たちの旅が始まったのです。



 島原の地に降り立ち、魔と人に通じる者、魔人アマクサと名を変えたシロウは全国に隠れ住む魔者の保護を思い立ちます。以後十余年、アマクサは九州のあちこちを逃げ回りながらも幕府の矛先を見事にいなし続けていましたが、膨れ上がる魔者の数に身動きも取りにくくなり、旅立ちと同じ島原の地でついに、東北の雄、マサムネの家臣である、ツネナガの兵に追いつめられます。

 己の最後を悟ったアマクサは、魔者たちの懇願もあり、久々に笙を口にします。明日にも戦場になるであろう島原の地に響きわたる笙の音。

 そして、それにひかれるように一人の武将が悠然と陣内にあらわれ、アマクサの横にどっかと座ると持っていた胡弓を奏で始めたのです。


ツネナガは楽器を作る分には天才でしたが使う分には完全なオンチでした。
アマクサはそんなとこも含めて彼が好きだったようです。
数少ない対等の友人ですから。
それにしても魔者すらコカすオンチって一体……。


 ツネナガでした。魔者の血を引くツネナガは、駿河大納言に敵対し、魔界とも親交のあるマサムネの密命を受け、シロウに協力を申し出てくれたのです。兵法に優れたツネナガとマサムネの兵力を得て、ようやっとシロウは身を守る武力を持つことができたのですが、それは幕府と正面から戦うことをも意味していました。

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