蝦夷もののふの戦歌 第三章

 第三章「竜を求める者たち」

 仙台城下は東北唯一の不夜の都である。
藩内で産出する臭水の火を街頭の行灯に灯し
夜通しの享楽が交わされるのだ。
 江戸の吉原、京の島原のように遊郭を中心
に栄えた不夜都では、宵闇が降りきれば、街
の灯は本来の目的にそぐよう消されるが、仙
台には遊郭はない。
 人々は叶え切れない欲望を抱えて夜通し街
をさまようのだ。

 「・・・つまらん・・・」
 西洋風の軍服を着た若い侍が吐き捨てるよ
うに言う。
 「女郎屋がないのがそんなに・・・」
 細身の初老の武芸者が心底哀れむように呟
き、巨漢の武芸者が頷く。
 「お前ら、オレがわざわざ仙台くんだりま
 で女を買いに来たとでも思ってるのか!!」
 「何をするにしたってメシは食う。それが
 生き物。何をするにしたって女は抱く。そ
 れがヒジカタ」
 「やかましいぞ! カカシ! オレがここ
 に来たのはなぁ! 戦があるって聞いたか
 らなんだよ! 最後の戦と言われたシマバ
 ラに間に合わなかったオレにゃ待ちに待っ
 たホンモノの戦場なんだよ」
 「・・・昨日の宿にもどるか? あの飯盛
 女、トシさんにぞっこんだったからタダで
 いいかもしれんぞ」
 「だなぁ、ゴンノスケ。暴れ馬は小便でも
 させんと落ち着かん」
 「・・・てめぇら相手に戦始めてもいいん
 だぞ?」
 ヒジカタが腰の大刀の鯉口を切る。あとの
二人は、きゃあ、とかわざとらしく言いなが
ら飛びのく。
 リーダーに見えたヒジカタだが、どうやら
遊ばれているらしい。

 「無理もないなぁ、あのじいちゃん、シマ
バラの妖人殺し、スケクロウじゃん。歴戦の
剣士だよ。んでもって、こっちのでかいのは
同じくシマバラで名を上げた鉄杖のゴンノス
ケ・・・強いったって、江戸の道場破り程度
のトシちゃんじゃ役者がちがうよねぇ」
 小声で呟くのは、そのやり取りを見るとも
なく見ていたシュウサクである。
 もっとも、見るともなく見ていた場所って
のはゴンノスケのぴったり真後ろだったりす
るのだが。

 「・・・お前・・・」
 当然、ヒジカタたちもその存在に気づく。
本来なら驚天くらいはしそうな状況なのだが
突然現れた存在があまりにも抜け作だと、リ
アクションもそれに準じることになる。
 所謂、呆気にとられるというやつだな。
 「・・・それよりも問題は次に何を食べよ
うかってことなんだけど・・・やっぱ胡桃味
噌の・・・」
 それを無視して、あくまで独り言をつづけ
つつ、歩き去ろうとするシュウサク。
 「とぼけようとしてもムダだぞ! シュウ
 サク!」
 ・・・いや、とぼけようとしたわけではな
い。本当に、次に何を食べるか考えていただ
けだ。
 シュウサクにとっては、目の前の剣豪勢も
旨いものめぐりも同じ流れでコメントできる
モノにすぎない・・・ていうか、旨いものの
ほうが上?

 「お前も戦が目当てか?・・・どっちに付
 いた?」
 「うん、どっちかっていうとズンダ餅」
 な・・・?
 つっこむというのは会話の通じる相手に向
かって行うことである。こいつとの間にそれ
は成り立たない。ヒジカタはそう悟る。
 今まで、剣においても、軍略においても、
誰かに敗北を喫してきたが、唯一、誰にも負
けたことのないものがある。思い切りと勢い
だ。
 短絡と評するヤツもいたが、拙速は巧遅に
勝るとヒジカタは信じている。特に戦場にお
いてはだ。だから自分は戦場を求める。そし
て、目の前のトンチキも場所が戦場となれば
話の通じるやつとなろう。交わされるのは言
葉ではないが。

 「!!」
 ヒジカタの一閃が走ったその場所にシュウ
サクの姿はなかった。あったのはお持ち帰り
ずんだ餅のやたら固く結ばれた封紐であった。
 封のとけた包みから餅を搾り出しながら、
シュウサクはつぶやく。
 「・・・やっぱ、時間が立つと硬くなるな」

    ぷちん

 一撃目とは比較にならない速度のヒジカタ
の二の太刀がシュウサクに突き出される。刃
を水平にして突き出す平突きだ。
 さすがに今度は一切の無駄な所作なく後ろ
へ飛びずさるシュウサク。

 甘い!

 ヒジカタの突きが更に伸びる。シュウサク
は今度は横へと大きく身をひねる。更に変化
してそれを薙ぐヒジカタの剣。
 最終的にシュウサクはそれを身をかがめて
かわした。
 「平突きは変化に富むけど、真下に死角が
 あるよね」
 「・・・そうか・・・一度見られているな
 逸刀流のシュウサク」
 「こっちのは見せてない。あのとき試合っ
 たのはジュウベイだから」
 「ならば・・・見せてみろよ!!」

 ヒジカタは再び突きを繰り出すが、今度は
平突きではない。刃は上を向いている。平突
きとは違って変化は生まないが、必殺の速度
と剣勢を持っている。
 シュウサクは今度は剣を抜いてそれを上へ
跳ね上げようとする。
 勝機! とヒジカタは思った。
 刃を返して相手に振り下ろすには、一拍の
隙が出来る。シュウサクはそこを突くつもり
なんだろうが、ヒジカタに刃を返すつもりは
ない。
 ヒジカタの愛刀カネサダは一見そうとは見
えないが両刃であった。

 ガキという耳障りな音に続いて、金属をこ
すり合わせるようなさらに耳障りな音がした。
 跳ね上げられた刀をその真下にいるシュウ
サクに振り下ろそうとしたヒジカタは・・・

 「!!」

 カネサダの刃先が妙なものに食い込んでい
ることに気づく。鞘か。
 シュウサクは鞘ごと剣を抜き、カネサダの
刃にそれを噛みこませたまま、自分の剣を鞘
から抜いたのだ。
 「・・・・」
 シュウサクの鞘を刀身から外すための一拍
は命取りとなる。だからといって、こんなも
のを噛みこませたままでは更に不利となる。

 ヒジカタの敗北であった。

 「ここらで終わりということでどうじゃな」
 「・・・鞘、返してくれたら」
 カカシこと、スケクロウの提案をシュウサ
クはあっさりと受ける。言葉の裏に、まだや
るなら、この先は三人相手だという脅しが見
て取れたからだ。
 この三人、いずれも並の剣客ではない。一
人づつなら勝てないでもないが、これはさす
がに不利だろう。元々、ヒジカタ以外の誰に
も戦う理由は無かったのだから、あっさりと
引いておくのが得策だろう。

 で、たった一人、戦う理由があったらしい
男はもう一度、その理由を反芻してみて、よ
うやっと落ち着き所を見つけたらしい。
 「で? 仙台へは何用で現れた? 答えて
 もらおうか」
 「・・・なんで、ずんだ餅で納得しないか
 なー」
 実のところ、理由の八割は本当に旨いもの
めぐりである。あとの二割はたしかにヒジカ
タが興をそそられそうなことではあるが・・

 「要するに敵か味方かってことでしょ?
 だったら、あんたたちと一緒のとこでいい
 よ。まだ決めてないから」
 「・・・やっぱ、あんたも戦目当てかい」
 ゴンノスケが嬉しそうに言う。
 「他には能がないからね。行く先があるわ
 けでもないし」
 シュウサクがそう言った時、彼の鞘が乱暴
に投げて戻された。

 「行く先だと? 戦人の行く先なんぞ一つ
 しか無かろう?」
 ヒジカタがシュウサクをにらむ。
 「天下だよ! 戦の大波に乗って天下に駆
 け上る。それ以外があるか!」
 スケクロウとゴンノスケが含み笑いをして
いる。決してあざけりの笑いではない。なに
やら愛しさのようなもののこもった笑いだ。
 ああ、この豪傑二人は、技量も経験も己よ
り劣るこの青年が愛しくてしょうがないのだ
ろうな。自分がかつて失った、あるいは得ら
れなかった目映いものをしっかりと握ってい
る、この拙い若武者が。
 それは、自分が友に感じるものに似ている
のだろう、とシュウサクは思った。

 「・・・その覚悟があるならついて来い」
 ヒジカタはプイと後ろを向く。
 シュウサクは・・・
 「お金持ってるよ。どこかで何か食べよう」
 「バンザーイ!!」
 剣豪二人が諸手をあげて賛成する。
 プイ、と後ろを向いた男が再び振り返って
一同の後を追ってくるまでには幾許かの間を
必要とした。

          *

 「戦のにおいがしますか」
 ジュウベイはハラダ・カイの目を見据える。
 「私にはまだわからんがね、龍にはわかる
のかもしれん。ここしばらく瑞鳳殿がざわつ
いておるよ」
 ハラダ・カイはなにやら遥かなものでも見
るように視線をそらす。いや、実際何かを見
ているのかもしれない。憧れてやまない何か
を。

 「火は小さいうちに消すにかぎります。種
火に心あたりは?」
 「公儀隠密が正面きって聞くことかい」
 「手前はただの雑用係ですから」
 「・・・今更無いと言っても遅いかぁ・・」
ハラダ・カイはまた声にならない笑いに腹筋
を揺らす。
 「まぁ、どこにでもある話さぁ。放蕩領主
のツナムラ様に事実上伊達最高の権力を持つ
ムネシゲ公が隠居を迫っている。おかげで藩
は真っ二つ。どちらにも過激なヤツラがいて、
さっきみたいな若いのを焚きつけてみたり、
牢人者を集めてみたり」
 「・・・たしかに、どこにでもある話です
な・・・それだけなら龍の目には止まらない」
 「止まらないねぇ」

 実際よくある話ではあった。そして大抵は
幕府を恐れて内々のうちに事を収める。
 ヨシムネの代になってからは方針も変わっ
たが、それまでは騒動を起こす藩は改易、良
くて国替えの沙汰が乱れ飛んでいたから。
 だが、それも雄藩伊達となると話は変わっ
てくる。なにせ三代将軍のころは伊達の武力
を背景に諸藩に睨みを利かせていたほど。
 シマバラの戦で立て直した兵力で最近は幕
府の権勢も立ち直り、逆に紅毛貿易を完全に
断たれた伊達は衰退したが、それでも伊達と
争えば幕府とて無傷では済むまい。
 どこにでもある火種だが可燃物の量が他所
とは違った。

 「伊達が伊達の中で分断されれば、幕府相
手の戦なんぞ出来まいよ。知恵伊豆にしてみ
ればこんなに上手い話はない。
 騒動につけこんで伊達を分断、両派のどち
らかを国替えしてあとに残るのは二つの伊達
という名の小藩よ」
 「ノブツナ先輩好きだからなぁ、そういう
腹黒くて細かい仕事」

 知恵伊豆こと老中ノブツナは昌平校におけ
るジュウベイの先輩で、そのころから腹黒さ
では悪鬼羅刹の毛さえむしると言われた男で
ある。
 ヨシムネの将軍就任に際して、守役カスガ
は多くの異才を推挙したが、ノブツナに関し
ては二の足を踏んだ。そして、カスガが二の
足を踏むような人材を放っておくヨシムネで
はなかった。

 「紙縒りでな、象を繋げるか?」
 ヨシムネがノブツナにかけた第一声である。
 「紙縒りの先が餌箱であれば象も好んで
  繋がれましょう」
 「では人はどうじゃ?」
 「繋いで飼われるのなら獣で十分でござい
ましょう。人はその思惑に遊ばせてこそ人の
価値がございます」
 「・・・なるほど腹黒いの」
 その日より、ノブツナはヨシムネの腹心と
して勘定役のタヌマとともに幕府の汚れ役を
一手に担うこととなった。
 その後の活躍は、あまりの腹黒さに犠牲と
なったものでさえ、いっそ清清しいと禍根を
残さなかったほどである。(勿論、カスガの
後始末が理にかなったものであったし、再度
戦って勝ち目のある相手ではないことは十二
分に思い知らされたということでもある)

 で、そのノブツナからの書状がジュウベイ
の懐にある。渡すべき相手は目の前のハラダ
・カイだ。
 ・・・・これは通り一辺の話ではあるまい。
 状況の上澄みだけをすくうなら、藩分裂に
乗じて伊達を弱体化するため、幕府が片一方
の勢力の大物であるハラダ・カイに接触しよ
うとしている、と読める。
 だが、腹黒くて細かい仕事の好きな知恵伊
豆が、そうそう解りやすい手を打つだろうか。
 少なくとも、書状を持ち、その送り先を知
っているジュウベイと、それを受け取った場
合のハラダ・カイには謀略はあけすけとなる。
 最後の最後まで、タネは自分だけが握って
いるのが知恵伊豆の主義だ。
 ジュウベイは今しばらく書状は懐に眠らせ
ることとした。

 「ハラダ様は、落ち着きどころをどこと見
られます?」
 「・・・ここで、伊達を統一して一気に幕
府転覆と言っちゃっていいのかな?」
「まぁ、言うだけは可能でしょうから」
 ハラダ・カイは体を震わせて笑う。たしか
に伊達が一枚岩なら言う以上のことも可能や
もしれない。が、先決問題である分断状態の
伊達の落ち着きどころすら見えない状態では
よしんばなんらかの方法で統一が出来ても、
伊達が幕府に対抗しうるまでになるのは遥か
先の話である。
 「まぁ、たしかにな。伊達の内だけでは出
来もせん話だよ。だが、幕府が力添えをくれ
た場合はどうだろうな」
 「・・・・幕府が先に手を出せば、外敵を
前に伊達は大同団結するということですか」
 「伊達をまとめるだけならそれが手っ取り
早い・・・あとが大変だけどな」
 ハラダ・カイは巨大な飯椀に茶を注ぎなが
ら続ける。
 「こちらで何の手も打たんのなら、伊達は
分断されて大藩としての力を失い、最悪消滅
する。それがイヤだというなら何とか知恵伊
豆の思惑の外にはみ出せるようあがくしかあ
るまい。まぁ、それこそが伊豆めの望みでは
あろうがな」
 おそらくはそうだろう。幕府安泰の計を常
に練りつつも、己の策謀の破綻を見つけて楽
しむ悪癖のある男だ。ジュウベイの持つ書状
もその正体はハラダ・カイを窮鼠とするため
だけのものかもしれない。
 しかも渡す渡さないがジュウベイにゆだね
られている以上、それによって事が起こった
場合、ジュウベイは全力を持って事の収拾に
当たる義務を負うことになる。
 
 なるほどな、やはりショウセツ先輩が事に
絡んでくると見ているんだ。俺はその押さえ
の一手か。
 ジュウベイは確信した。だから自分なのだ
と。

 「ところでジュウベイ殿」
 「はい?」
 「仙台での逗留先、お決まりでないのなら
わしのあばら家へ来られぬか? わしゃ御主
が随分と気にいったよ」
 「・・・そうですね。わたしもハラダ様が
気に入りました。そちらに寄せていただきと
うございます」
 ハラダ・カイの意図はつかみかねる。単純
に幕府の隠密を囲い込んで監視下に置くつも
りなのかもしれないし、本当にジュウベイが
気に入っただけなのかもしれない。底の知れ
ない男だ。
 ならば懐に入って底を見てみるのも良かろ
う。事態の、というよりハラダ・カイという
男を知ることがこの任務のなによりの肝であ
ろうとジュウベイには思えたのである。

         *

 伊達安芸ムネシゲの屋敷は仙台城の南にあ
って敷地面積だけなら仙台城をもしのぐ広大
さである。
 ただし、広さだけを広げて普請は追いつい
ていないのか、かなりの敷地が荒庭のまま捨
ておかれている。権勢を無理矢理膨らませた
はいいが、実利はまだまだ伴っていないのだ
ろう。これはつけこむ隙があるな、とヒジカ
タはほくそえむ。
 「どうやら、高く売れそうだな」
 「うん、ほったて小屋が雨漏りのしないほ
ったて小屋くらいにはなるかもね」
 「うわぁ、そいつぁ豪儀だ」
 シュウサクが無表情に言った言葉に剣豪二
人がワザとらしく盛り上がる。
 高く売るもなにも、ムネシゲの屋敷を訪ね
たヒジカタ一行は門番の男にぞんざいに荒庭
の隅のほったて小屋に通され、
 「沙汰があるまで待て、飯は日に二度出し
てやる」
 と面倒臭そうに言われただけだった。

 小屋の先住人として20人ばかりの牢人が
いたので、ヒジカタがいかにも彼らしい訊き
方で尋ねたところ、彼らも門番のそのセリフ
でここに通され、あるはずの沙汰を何日も待
っているとのことだった。ちなみにヒジカタ
の訊き方がよほど良かったのか、彼らはとて
も従順で素直だった。

 「ふん、ケンカの用意をしちゃいても、ふ
っかける思い切りはねぇってとこか」
 ヒジカタは従順牢人たちから巻き上げた旨
くもない酒をあおる。
 「そもそも、ケンカは用意なんかしちゃ負
けだよね」
 「おうよ、さすが逸刀流のシュウサク、わ
かってるじゃねぇか」
 戦は奇襲をもって始め、しかるのち相手が
体勢を整える前にこちらの布陣を作るべきな
のだ。初戦で勝っていればこそ兵力も集まる
し、そいつらに言うことを聞かせることも出
来る。
 兵力を集めるだけ集めて戦うぞ戦うぞと言
っているのは相手を威嚇してはいるが戦はし
たくない意思の現れみたいなものだ。
 「つまり、今オレたちはカカシみたいなも
んだ。カカシならほったて小屋にしまわれた
ってムリもねぇよな」
 ヒジカタはジロリと従順牢人たちを見回す
 「だがよ、おめぇらカカシか? 侍か?
カカシだってんならここで寝てりゃいいだろ。
侍だってんなら・・・」
 従順牢人たちはいつの間にかヒジカタら四
人を囲んで真剣な面持ちで聞き入っている。
 「オレたちで始めてやろうぜ。戦をよ」

 牢人たちがざわめく。先ほどまでどんより
としていた彼らの顔にギラリとした光が走っ
ている。
 「トシさん、こういうのは上手いよなぁ」
 「問題はあとのことあまり考えてないこと
なんだけどな」
 ゴンノスケとスケクロウが楽しそうに言う。
 「後づめはあんたたちがするんでしょ?
ぼくは・・・強い相手がいればいいな」
 シュウサクが無表情に言う。それがジュウ
ベイであっても別にかまわない。というか望
むところだ。
 「くくく・・・いいぜシュウサク! お前
がこんなに話せるヤツだとは思わなかった」
 ヒジカタがシュウサクの肩をたたく。
 その時であった。

 ほったて小屋の奥の闇から泥を煮るような
笑い声がした。
 「・・・面白いなぁ・・・わしもつれてけ
戦の火の焚付け方、教えてやろう」
 ゆらりと長身の老人が立ち上がる。
 ヒジカタは、いやシュウサクですらその者
の放つ気に思わずあとじさってしまった。
 長身痩躯だが貧弱な印象はかけらもない、
むしろ全身が妖刀の如き凶気に張り詰めてい
る。そして・・・・

 そして老人は隻眼であった。

         *

 ヒジカタとシュウサクが謎の老人に戦慄を
覚えていたころ、ハラダ・カイの屋敷にまね
かれたジュウベイもやはり戦慄していた。
 「メゴと申します」
 「ネコじゃ! 遊んでたも」
 二人の年のころ十二、三の姫。そして・・

 そして片方の姫はネコミミであった。


 第四章「戦火立つ」に続く

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